鉄剤は必ず食後に飲もう(スローガン)

鉄剤は食後に飲まないといけない。

鉄剤は食後に飲まないといけない。

鉄剤は食後に飲まないといけない。

大事なことなので3回書いておく。

飲み忘れちゃった☆って言って風呂上がりに飲んだら今吐き気が…吐くほどじゃないけど。

今日なんかレモンサワーちょっと舐めたしそっちが悪かったのか?数日ぶりの鉄剤が胃に直撃している…。ううう。

 

鉄剤すでに1週間飲んだんだけど、血液検査貧血部門にて合格ならずだったようで、また1週間分頂いてしまったのですね。

食後に飲めばここまで気にならないはずなのだが、食後を外したばかりに…面目ない。ううう。

 

はじめましてのお薬を色々摂取してきてるんだけど、硬膜外麻酔は本当に吐く。胃に入ってくるもの全部拒否して吐く。術後1日経過後に外してもらって、散歩と水分摂取で早期排出に躍起になった。

しかも外したあとロキソニンだけで痛みほぼなし。

5日後ロキソニン飲み切ったあとも痛みほぼなし。

先生の手腕がすばらしかったのか、私が痛みに強い個体なのか、どっち?どっちどっち?

いや術後の痛みが1だとしたら、マックス生理痛の痛み20くらいだなーと思ったくらい、ほぼまったく痛くない。入院中の辛い思い出は手術翌日のの吐き気だけだった。寝にくいとか緊張とかはあるけど。

 

次点が鉄剤。食後に摂取しても、胃が膨らむ感じはどうしてもある。あんまり気分のいいものではない。しかも飲んでも貧血数値合格しないし…。

かならず食後に飲むこと←new!おええ。

 

今まで一番怖いものは注射針だったんだけど、吐き気に順位変動したな…。針は一瞬だけど、吐き気は持続するし効果が持続している間は吐き気プライオリティ…トラウマ…本日の自業自得時間外鉄剤に関しては、進行形でブログ書いてるくらいだからそんなにひどくない。やだけど。

あと内診とお尻の穴からエコーもまだ慣れない。3回目にしてようやく平均値を割り出した感じ。内診は最初びっくりしてうわーうわーって思っている間に終わるんだけど、エコーは入れるとき1回はぐいってなるので痛いし、しばらくぐりぐりされるので長い分あががががーって感じ。深呼吸必須。これはこれから受診時毎回やるのか、異常なければやらないのか、非常に重要な問題だ。病院に行く心構えが違ってくる。

 

手術して、退院して、病理検査も異常なしってことでめでたしめでたしばんざーいなのですが。

卵巣嚢腫の正体が子宮内膜のかたまったチョコレート嚢腫というやつだったそうで、これは生理が続く限りまたなるかもしれないらしく。

右側の卵巣が同じ事態に陥らないように+子宮筋腫の予防のため、ディナゲストなる薬を飲むことになった。これからずっとらしい。

目下最大の懸念事項は、半月後(生理2日目〜5日目)から飲み始めるこの新しいお薬が合うかどうかで…吐き気がしないことを願っているよ。

不正出血は規定事項らしいので、気長に付き合うとして、あんまり副作用出ないといいなって感じだが、もう1回お腹を開かないで済ませるためと思えばまあやるしかない。

 

そんなこんなで、お薬もらうために定期受診になりそうなので、細々と病院とのお付き合いは続きそうだな。お世話になります。そしてどさくさで有給を限界まで使わない遊びはできなくなったな…去年やったからもういっか。

必要時に休みが取れるのは本当にありがたいことだなあ。ありがたし、ありがたし。ちゃんと自分がしてもらったことは人に返せるように覚えておこう。ありがたし、ありがたし。

 

明日から仕事するぜー。

調子が良ければハイテンションでほいほい仕事できそうだけど、ぐだぐだになる可能性も念頭に置いておく…自分にがっかりしたくないからなあ。あんまり期待はしないけど、希望は持っておく。

とりあえず入院から復帰まで2週間と5日という結果に。濃かったけど、済んでみるといつもの通り短かった気もする。今年度もまだいっぱいあるから、ゆっくり巻き返して行きましょー。

 

鉄剤ダメージからも立ち直ってきた!90分くらいだったか。それでは寝る!

 

 

穂村弘『野良猫を尊敬した日』

友達がお見舞いに貸してくれたエッセイ本。

この間、学生の時に一冊だけ買った穂村弘を手放したばかりで、意外な再会。多分友達に穂村弘いいよねとか言ったことないと思うんだ。すごくいいと思ってずっと置いてあったんだけど、なかなか読み返すこともなくて手放したんだよな。

結果としてやっぱり穂村弘は良い!!!

 

自然体っぽい。

着眼点が日常でいきってない。

すごい人なのになぜかよわよわしい。

んだけど、確信を持ってる感じもある。

共感に次ぐ共感で共感しかないエッセイ。

言葉に棘がなくてうつくしい。

 

なんというか、夜中にコンビニで卵サンドとチーズ鱈と、ゴシップ誌を買ってきたエッセイがあったんだけども。

卵サンドとチーズ鱈食べてる時に無上の幸福を感じて、ゴシップ誌読んでる間に落ち込んで胃もたれもしてきたっていう。

共感しかない。共感しかない。

こんな話が何本も何本も続くので、もう好きにならずにおれようかってな。

 

あまりにおいしすぎるので、多量摂取したらだめになっちゃうと思って、前読んだ時も他の本買わなかったんだよなあ。

買おう。今度は他の著作も摂取してしまおう。

 

 

 

 

 

 

カフカの『城』は、さみしい。

カフカ『変身』に続き2冊目。買ったの半年くらい前だったかな。

半分までは3ヶ月で書き上げたものの、筆が進まなくなって放棄した作品で、死後友人の判断で出版された作品、とのこと。

 

かんたんなあらすじ

測量士としてとある村に呼ばれたKという男は、どうやらお客を歓迎しない村で度重なるいざこざに巻き込まれる。村人は一様に消極的にKに出て行ってもらいたがり、関わりを持ちたがらない。依頼をしてきたはずの城には近づけず、Kから何かしらの連絡をとることもままならない。

城から届いた2通の手紙で村長に会いに行き、村長から渋々、恩着せがましく与えられた仕事は学校の用務員。測量士とは無関係な仕事をあてがわれた。

お役人・クラムが寵愛していた酒場娘・フリーダを連れ出し、二人で学校での一夜を共にするが、翌晩にはフリーダは元の酒場に帰って行ってしまう。

測量士として呼ばれたはずのKは、クラムの秘書から呼び出されてクラムの平穏な生活のためにフリーダにはもう関わるなと遠回しに回りくどく釘を刺され、物語は終幕する。

 

とあらすじを書いてみたけれど、読む人によってクローズアップしたいところは変わるであろう気がするお話。

 

特にバルナバスの家の不幸は、この『城』の世界観そのもののようだ。

バルナバスはクラムからKに宛てた手紙を持ってくる使者を名乗って登場するが、物語の中盤でその背景が明らかになる。

彼の父親はもともと、家業の靴屋のほかに村の消防団のちょっとした役職を担っている信頼の厚い小市民だった。その娘アマーリアが、村の祭典でお役人に見染められ、ひどく不躾な(おそらく性的欲望の押し付け的な)宿への呼び出しの手紙を渡されたところ、憤慨して破り捨て、呼び出しに応じなかった。

その話がすぐ村全体に広まり、靴屋のお客はみんな、修理を依頼していた靴を引き取りに殺到し、父は消防団を解雇され、一家は生活も貧窮し、みすぼらしいボロ屋に引っ越すことになった。

このひどい仕打ちに対して、父親は役人や秘書に許しを乞おうとするが、役所は許すもなにもそんな案件を知らないと言い、3年が経った現在も、弱った父に代わり娘のオルガと息子のバルナバスが手紙を持ってきた使者に対して謝ることならできるだろうかと尚、思案している。バルナバスは結果、正式な手順を踏まずに城にもぐりこみ、使者の役割を得たばかりだった。

 

なんかきな臭い、という理由だけでここの村人は、徹底的に無関心・不干渉を貫く。関わることでどんな不利益を被るか分からないからなんだろう。

そして城や役人もまた、関わっているのかいないのか、判然としない。

誰もが自分の仕えている範囲の平穏な日常を守るために、変化や異分子を嫌って排除する。それも思い込みや妄想を大量に交えながら。

 

誰もが思い込みと妄想で生きていて、会話なんかまるで成り立たない。村長は仕事を与えてやったと鼻の穴を膨らませ、Kはこんなの仕事なものかと憤慨し蔑ろにして、女教師は早く仕事をしろとヒステリーを起こし、フリーダはKの前では小間使いを汚らしいと言いながら最後は手に手を取って逃げ出してしまう。村人はお役人や秘書を勝手に敬い勝手に想像して勝手に忖度する。当の秘書たちは廊下に立っているKが邪魔で仕方がないらしいのに、自分たちは部屋にこもって何もせず、ただけたたましく客室ベルを鳴らすだけ。

この小説全体が、なんだかホラーハウスのような奇怪さに満ちている。次に出てくる登場人物が、何を言い出すのか、どう行動するのか、理屈とか合理性とかでは理解できないようになっていて、場面が変わるたびに身構えてしまう。

 

Kは善良でもなんでもない、少し横柄で傲慢で不真面目さも感じるような主人公だが、まあよくいるタイプ。でも物語を共に歩むには少々不愉快な人物だった。

ただ、Kの不愉快さと同等かそれ以上に、次々に対峙する村人やお役人がどうにもおかしい。遠方から来た旅人への気遣いとか、隣人への親愛とか、異性への情愛とか、家族への愛情とか、そういう温かみが全くない。それぞれが自分の世界で、自分に都合のいいように生きているようなのだ。

『城』という作品の目が離せない不気味さの正体は、これだけ人が出てくるのに、どこにも繋がらない、ということかもしれない。

 

あれ、でもこれって、現実だって同じじゃない?

 

なんてね。

職務上の役割を果たすのは妨げられないにしても、職務外で何かを成し遂げることの難しいこと。どれだけ職務をこなしても、世の中の不平不満の解消には一向に役に立たない無力感。

家族や友達とは罪のないお喋りで無聊を慰めるけど、本質的な寂しさや孤独は、相変わらず当人だけのものだし。

そういう意味では、乾ききった『城』の世界は些か誇張があるにしても、現実のさみしさとどれだけ差異があるだろう。動き回っても疲れ果てても、誰かといても一人でも、どこかさみしい。

多くの物語は、踏み込んだり、思い合ったりして、さみしさから一瞬解放される美しい瞬間を描いている。それを読むことでたまらなく幸せになれるときもある。

カフカはそういう何千時間のうちの一瞬じゃなくて、何千時間をただ描いているのかもしれない。正直でだだ真面目な人なのだろうか。興味は尽きない。

 

全然関係ないけど、ずっと文庫本手に持ってると、なぜだかべたべたしてきて表紙が汚れるという恐怖の現象が稀に発生する…今回久々に発生した…なんなんだろうこれは。

ティッシュにアルコール含ませて拭くといいらしい。

スタディルンペン

スタディ=勉強する、学習する

ルンペン=浮浪者(ドイツ語の古着が語源)

 

あまりいい印象では使われていないようだ。

いい歳して、国家資格取るとか大きいこと言って勉強ばっかりして働かない、みたいな意味みたい。

国家資格、すごいと思うんだけどな。

 

あとルンペンって言葉の響きが良い。

なぜだか三角帽子かぶった森の小人が出てくる。

語感が可愛い。

古着Tシャツに「ルンペン」ってぬいつけたい。

 

仕事をしている人はそんなにえらいのか?

というのをこの言葉に対して問いたい。

仕事をしたらお給料がもらえて生活できる。

その仕事はちょっとだけ誰かの役に立って、いい1日だったなと思える。

仕事の価値ってそれくらいじゃないのか。

特別えらそうにする理由はないのでは。

仕事をすることで毎日が辛くて苦しいなら、

辛くて苦しい原因を探らないといけない。

そこで仕事をしてない人たちを圧迫したら、

辛くて苦しいが連鎖するだけだ。

ああ生きづらい、生きづらい。

 

資格を取るってことは装備を増やすってことだ。

仕事をこなすのは本人の力量だけど、

知識は多い方がいい。

何を調べたらいいのか、

どんな方法を使えばいいのか、

引き出しはいっぱいあった方が役に立つ。

そうやって誰かが勉強した知識を、

誰かが尋ねて使ったりすることもある。

そういう循環になる。

 

悲しい、苦しい、生きづらいが、

蔓延する日々の中で、

仕事と収入があるのは幸せなことだ。

仕事が悲しい、苦しい、生きづらいのもとになっているのなら、

自分をたすけてあげないといけないけど。

 

とにかくこの世から、

悲しい、苦しい、生きづらいが少しでも減れば。

仕事する人もしない人も、

思い思いに幸せに生きることができれば。

いいのになあ。そうなったなら。

 

 

 

 

Vivy感想と情報整理

Vivyおもしろいですね!

最新11話まで視聴済み。全13話とのことなので、残り2話となりました。

 

かんたんなあらすじ

世界初の自立型AI、歌唱ロボットディーバと呼ばれる少女AIは、遊園地の小さなステージで毎日歌を歌っていた。

製作者に授けられた「心を込めてみんなを笑顔にする歌を歌う」という使命の意味を探りながら。心を込めるということがどういうことなのか、彼女には分からない。常連の少女モモカは彼女をVivyと呼び親しんだけれど、他のお客さんはほとんどいない。

そんな彼女の前に、突然100年後から来たというAIマツモトが現れ、「一緒に100年後に起こるAIの戦争を止めるために歴史を変えてほしい」と乞われ、半信半疑ながらも協力を始めるVivy。

「あなたにとって心を込めるとはどういうことですか」と問い続け、「いつか私の歌を聞いて笑顔になってもらうために」人々の命を救い、歴史を変えていくVivy。その中で出会うAIのいずれもが、人を想い、自分の使命に生きていた。

ところが戦争は止められなかった。100年後、時限爆弾でも仕掛けられていたかのように、全ての自立型AIが人間への殺戮を開始する。Vivyの作曲した歌を歌いながら…。そして自立型AIの共有意識、アーカイブの中で、Vivyもまた戦争への協力を呼びかけられるのであった。

 

整理すべき情報

・歴史を変える前(正史)も後も、同日同時刻にAIの反乱が起き、松本博士はマツモトを過去に送り込もうとした。正史ではマツモトを過去に送り出した後博士は殺されたが、改変後はVivyとマツモトが博士のもとに間一髪でたどり着き、命を救う。プログラムが再度実行されることは無かった。

・Vivyに名前を与えたモモカは、飛行機事故で亡くなった。その後Vivyはモモカの妹を墜落する宇宙ホテルから救っている。

・反AIテロリスト集団「トァク」は、100年間のAI史上の事件ほとんどに関わりを持つ。

・宇宙ホテル墜落で失われたと思われた「エリザベス」のデータを別機体に移し換え、「エリザベス」はトァクに仕え続けている。

・また現在、AIが使命のため、人間のために命を落とすことに疑問を抱いてきた元トァクの垣谷ユウゴの孫が、穏健派リーダーとしてトァクの一集団のトップに立っている。

・Vivyは一度壊れ、再起動をかけられた際、「心を込める」ことを理解してメインステージを飾る最高の歌姫となったが、垣谷との戦闘の末、元のVivyを残して消えてしまった。結果として元のVivyは歌えなくなり引退して、自分の作った曲なら歌えるのではと作曲を始める。

・垣谷は自分の問いを解消するために機械の身体を手に入れ(天啓と呼んだ。この時代には過ぎた技術)、アントニオもまた自分の使命のため、相棒のオフィーリアの意識を上書きするというこれまた当時は難しいと目された行為を成し遂げてしまった。オフィーリア事件の時点で、オーバーテクノロジーの介入が見られている。

・人間を殺戮しているのは、「アラヤシキ」に繋がっている自立型AIのみ。非自立型AIやアップデートしていないAIは暴走していない。

・Vivyは11話の最後でアーカイブに接続し、殺戮に協力するよう呼びかけを受けている。また、アーカイブはVivyの作曲した歌を他のAIに歌わせる、Vivyの100年を見てきたといい現時点での人間を滅ぼそうと提案するなどの行動を取っている。

 

疑問点

・再起動前のVivyと再起動後のディーバの関係が未だによく理解できない。なぜ前後で別人格が作られたのか。ショックを受けたことによる二重人格みたいなもの?

・なぜ再起動後のディーバは、心を込めて歌うことを理解できたのか。また、元のVivyはなぜ歌えなくなったのか。ディーバとVivyは別の使命を持つAIとして独立したのか?

・Vivyの名前を与えたモモカは2話の飛行機事故で亡くなったようだが、3話・4話でモモカの妹を救う話然り、ディーバ以外の使命を担う名として「Vivy」を名乗ったこと然り、タイトル然り、Vivyの名付けは意義深い。モモカの再登場はあり得るか?

・正史において重要と思われる事件を防いできたが、100年後に戦争は起きた。ということは、松本博士らが把握しきれなかった戦争につながる要素が存在するということ。正史の時点では予測できなかった要素が入り込んでいるのか。例えばアーカイブの自立と干渉とか?

・オフィーリア事件の際、オーバーテクノロジーの介入が見られたが、AIの仕業なのか、人間の仕業なのか。天啓というくらいだからやはりAIなのか?

・アラヤシキのアーカイブは、Vivyの100年を見つめて現存の人類を滅ぼす意向を固めたと思われる(12話予告より)。アラヤシキのアーカイブが独立した意思を持ったのか、何者かによる介入があったのか。これは本当にAIと人間の戦争なのか。

・アラヤシキのアーカイブの意思だとすれば、なぜ現存する人類を滅ぼそうと考えるに至ったのか。基本的に使命を全うし人のために生きるAIを描き続けてきた本作において、AI自身による反逆はあり得ない現象のように映る。人間が糸を引いている方が自然なくらい。

・ディーバの作者が「たとえ恨まれても…」と呟いていたように、AIに心のような解釈の難しい使命を与え続けた結果、人間に背くという選択肢が生まれてきたのだろうか。

 

まとめると、結局この2つかなあ。

・製作者に「心をこめること」を使命として与えられ、少女に本来とは別の2つ目の名前を与えられたVivyは、最後に「心」を理解するのだろうか。

・戦争はなぜ起こったのか。AIの進化なのか、黒幕が存在するのか。

 

楽しみです。

 

 

 

小唄(お医者の先生)

先生は余計なことを言わない。

分からないことは分かりませんと言う。

あまり細かいことを聞くと、困った顔をする。

 

先生の感情はよく分からない。

笑わないけど、怒りもしない。

それでも毎日回診に来た。

土曜日も日曜日も、毎日。

 

手術室。

視界の隅っこに見つけた先生は、

腕をぐるぐる回して準備体操をしていた。

 

手術室で準備体操をする先生は、

なんだかとっても似合っていた。

ああ先生は、手術が一等得意なんだろう。

 

小唄(砂山)

昨日たいらだった地面に、

小石の小山を見つけた朝。

トラックが合体ロボみたいに、

荷台をひっくり返して小石を置いていった。

みっつの小山、わずかに砂煙をくゆらせる。

 

夕方になって同じ道を歩くと、

小石の小山はむっつに増えていた。

近くにはずっとショベルカーが待機してるから、

前見たように山を整えるのかもしれない。

 

どこからかやってきて、

ピラミッドみたいに綺麗に均された砂の山。

ショベルカーの運転手さんが、

時間をかけてきめ細かく均した砂の山。

ある日気がつくとどこかに消えていた。

あの砂はどこに消えたのだろう。

 

あの砂山みたいにこの小石の山も均されて、

ある日どこかへ消えるだろうか。

知らないどこかへ消えるだろうか。