カフカの『変身』

高校生の時分に現国の問題集に出てきて、読んだ気になっていた有名作品。

朝起きたら芋虫になってたやつでしょって多くの人がご存知の『変身』。

1冊通して読んだら、グレゴール・ザムザ氏に親しみが湧いてしまう、やっぱり全部読むと全然印象が変わるよなあ。

 

家業に失敗して借金を抱えた両親と、まだまだ世間を知らない年頃の妹を支えるために、来る日も来る日も朝早くから各地を飛び回り続けたグレゴールくん。

朝起きたら芋虫になっていて、それでも家族に心配をかけまいとするグレゴールくん。

職場の偉いさんがやってきたので芋虫になっても自分の窮状を訴えようとするグレゴールくん。

家族に言葉が伝わらなくても、家族を怖がらせまいと部屋で縮こまるグレゴールくん。

芋虫になっても家族の今後の生活を案じ続けるグレゴールくん。

妹を音楽学校に行かせてやりたかったグレゴールくん。

気がつくと天井を這い回ることに幸福を感じるようになり、人間だった時のありようを見失いながらも、妹のバイオリンを称賛しようとするグレゴールくん。

最愛の妹に「あの虫を兄様と考えていたことが間違いだった」と言われ、家族からいなくなってくれればと願われて、その晩に干からびて死んでしまった、グレゴールくん。

 

人間はかように生真面目で、愛情深く生きていても、理不尽に襲われて、なおただ生きて理解されなくても想い続けてそうして死んでいくしかない。

最期の瞬間には、死ねてよかったと、そう思ったかもしれない。

芋虫にならなくたって、理不尽は誰にもどこにでも起こり得るもので、生きるって予測不可能の連続で。それでも恨んで憎んで苦しむよりは、不毛でも届かなくても誰かを想って静かに生きて死んでいけたらなあ。

グレゴール・ザムザ氏を尊敬する。

 

追記

綺麗っぽくまとめてみたけど、読み終わった時にちょっとびっくりした。

最近自分の身の振り方を考える時に、理想的なパターンとして元気なうちはなるべく人の役に立ちたくて、死ぬときは早く死んでくれと思われながら(惜しまれずに)死ぬっていうのがあって。

まんまじゃん…と思って。

グレゴール・ザムザ氏は家族のために尽くして、惜しまれることなく死んでいったんだよなあ。家族に解放感も未来への希望すらも残して。

人生に意味なんてないなら、それでいい。生きて生き尽くして年くって、誰も悲しませずに死ねるといい。

生きてる間に人は間違い続ける。迷惑もかけるし、正解を選んでいる保証なんかもない。それでも誰もが生まれてこなきゃよかったなんて思わないといい。ちょっとでも幸せになれるといい。自分で自分を生きようと思えるといい。私には分からないことばかりだけど、本当に知らないことばかりだけど。今家族に恵まれずに苦しむ子どもがいるこの世の中で、新たな命を生み出すことにどれほどの意味があるのか。それを育て抜く覚悟は?幸せにできる保証は?それをすることで周りに及ぼす影響は?考えれば考えるほど、どこまでも不正解のように思えてしまう。

日々の仕事があって、両親も健在である。ひとり身で生きていく分には、なんら不足はない。両親は孫が見たいかもしれない。でも両親に与えてもらったものを自分は我が子に与えられないだろう、環境も収入も能力も違うから。そういう覚悟をした人を尊敬するけど、今のところは私にはどうにも難しい相談だ。不足に苦悩するのが目に見えすぎて、その結果どれほどの人を不幸にするだろう。

どう生きるかって、自由すぎる。

何をしてもいいし、何をしなくてもいい。