肉体(体重を減らせ!)

ここ最近急激に体重が増加している。

 

便秘のせいかもしれない。散歩を始めた春先は、ちょっと歩くだけで腸がぐるぐる言い出したものだが、今や山に登ってもウンともスンとも言いやしない。毎日ガードルを履いてるけど、締め上げられるせいなのか毎日腹が痛い。出ないのに。ままならない。

 

出るとこ出てない体型族の私としては、あと10キロくらい痩せるといい感じになりそうな気がしているが、10キロ減らすなんて途方もなく思えてしまう。300gで一喜一憂しているというのに。

 

スクワットを追加してみた。

とりあえず思いつくままやりたいままにやってみよう。散歩に出て、スクワット100回して、青汁飲んでみた。牛乳で割ったら意外と旨かった。おやつを無糖のカフェオレとカカオ72%2包にしてみた。小麦粉と相性が悪い気がしていて、チョコレートは多分いいと思うんだけどなあ。と見せかけて実は本当の戦犯は牛乳なのかもしれない…。

 

スクワットのせいで明日どうなるか予想がつかないけど、明日は明日の風が吹きます。けせらせらです。

 

肉体ってなんなんだろう。

思考するのも幸せを感じるのも脳味噌だけど、肉体がないと諸々の感覚や情報をそもそも受信し得ないんだよなあ。肉体というのは感覚と思考の主でありながら、自分の脳みそに身体のどこがどうなって痛いのかさえ悟らせない。肉体は謎だ。一番身近で解くことのできない謎だ。

自分の持っているもののことさえ分からないんだから、この世に分かることなんかひとつもないんじゃないかって思う。分からない、という言葉がとても誠実に響く場面がある。分かると思うことが傲慢になる瞬間が、ある。なんだろう。

分からないということが、怠惰ととられることもあるし、無知ととられることもあるし、誠実ととられることもある。それは、分からないと言った人じゃなくて、分からないと言われた人の受け止め方の問題だと、思う。

1+1=2を分からないと言ったらばかにする人がいるのだろうか。分からないと言ったその人は、自分とは違う目線でこの問題に挑んでいる。思いもしなかった方向から、1+1に挑んでいるのかもしれない。それは宇宙だ。1+1が2になることが当然の世界よりも、うんと楽しいと思わないか。それは確かに、1+1が当然2じゃない世界なんて、そんな生き方はちょこっと苦労するかもしれないけれど、1+1が2の世界を当然として生きてる人たちが必ず幸せになるとも限らないし、1+1に色んな可能性を見出せる方が楽しそうじゃないか。無責任なようだけど。

そんなこんなで分からないことだらけで、できれば知ったかぶりもしたくない。うーん、分からないねえと言いながらぐるぐるしていたい。時々は気に入った答えが見つかるといいなと思う。