『空の境界』痛覚残留 ※ネタバレしかない

うわあ、めっちゃおもしろいなあ。

読みがいが半端ないね。

 

★時系列

2年前  殺人衝動(上)

7月下旬 痛覚残留

8月   俯瞰風景

 

★登場人物の情報

実感を得るために殺人を嗜好する性質だが、死を重じており、無差別な殺人を嫌う。異能を使える状態の藤乃に対しては殺してやらなきゃと積極的な姿勢を見せるが、異能が使えない状態の藤乃には無関心。病気を切って治してやる。

目を覚ました後、織の意識は無いと言っている。式としての経験は記憶に残っているが、記憶に穴が多い(織の記憶が無い?)。一人称はオレで、言動は織に近いようにも思われる。黒桐を名前呼びするのは今の式であり、地の文の式。

黒桐のお人好しぶりと危なっかしさに苛ついているが、自分が思っているよりも黒桐寄りの殺人衝動を持てたことを喜んでいる。(この概念難しい)

家の状況

橙子さんが「式1人じゃ返り討ちに合うかもなあ、両儀」と呟いており、両儀の家の誰かを意識していることが伺える。

両儀は異能を作り出そうと躍起になる家、浅神家は純血家で異能が生まれてくる家。

 

黒桐

地元の総合運動会の帰りに、足を挫いた藤乃を助けた。また、7月下旬に腹部の痛みでうずくまっていた藤乃を自宅に泊める。式には言わないように気を付けている。

人探しが得意で、人脈も広い。名前を出せば数万のカンパを受けられるほど。学人からの依頼を受けて、藤乃の惨殺現場の生き残りを探し出す。また、長野と秋田に飛んで藤乃の無痛覚症の事実を1日で突き止めて帰ってくるなど、探偵能力が高い。

家の状況

両親とは大学を中退したときに大ゲンカして会っていないと語る。

鮮花が上京してきた、とあることから、実家は東京都内には無い。

鮮花の式への嫌いぶりから、黒桐が式に相当のけがを負わされてそれがある程度明らかになっているとも推測できるか。

 

橙子さん

魔術士。魔術は学問であり、超能力は生まれつきの反則技なので嫌いだと語る。知り合いの教授いわく「突き抜けた」生徒だったとのこと。

従業員に支払うべき給料を、趣味の逸品に全て注ぎ込み、自分もろとも一文無しになるが、特に悪びれた様子もない。直後に黒桐に金を貸してくれと要求し、黒桐と式は引いている。今月の分は来月払うとの発言があった。2ヶ月分払ってくれるのだろうか。

本職は人形作りだが、建物の建築に関わることが多い。

 

藤乃

生まれつき「歪める」目の持ち主。視界に入るものに対して念じるとねじ曲げてねじ切ってしまう「超能力」の類で、魔術とは異なる。父親が異能を嫌い、薬物によって痛覚と引き換えに「歪める」目を封じ込めた。

浅神家という長野県の大きい家の様子。父親に薬を流した闇医者は秋田に住んでおり、東京には彼女が隠れて通っていた主治医がいる。

痛覚がないことを指摘されるのを嫌がり、家族や友達に混ざって普通に暮らすことを願っていた。

痛覚を失っていた彼女は、慢性の虫垂炎に侵されていた。式には腹部のひどい状況が見えていた。脊椎をバットで殴打されたことで痛覚が戻り、痛みを学ぶ。その痛みを人に与えることに(つまり殺人を犯すことに)、快楽を覚えていた?

家庭の状況

母方の実家に異能を持って生まれたが、忌み子とされた。4歳の頃今の父親に投薬によって痛覚と力を奪われる。中学は黒桐と同じ市内に在住していた様子。その時かけられた言葉に救われた。高校から全寮制の高校に入り、鮮花と友達になる。

 

鮮花

黒桐の妹。高校生。最近上京してきた。

まっすぐな正義感と厳しさを持つ。友達思い。

式のことは危険人物として嫌っており、兄に関わらないでほしいと式本人にきっぱりと訴えている。

 

★概念的なこと

・超能力のある人は、いわば一般人とは違うチャンネルを持っている状態。普通は一般人と異能のチャンネルを使い分けるが、一般人のチャンネルが閉じられてしまえば、その社会における存在不適合者になる。それはコミュニケーションができない存在であり、元に戻すにはチャンネル元の脳を壊す、つまり殺すしかない。

→藤乃と同じく、式も異能の目を持つことで別のチャンネルを開いてしまった。一般人のチャンネルに生の実感を見いだせないのならば、すでに別のチャンネルで生きている存在なのかもしれない。

 

・藤乃を殺すという「無駄」な行為を続ける自分に式は、無駄と芸術の違いになぞらえて、「境界は不確かだ。定めるのは自分だというのに、決めるのは外側になっている。なら初めから境界などない。世界は全て、空っぽの境界でしきられている。異常と正常を隔てる壁なんて社会にはない。-隔たりを作るのはあくまで私達だ。私が世間から離れたがるように。幹也が私を異常と思わないように。そして、浅上藤乃が懸命に死に傾斜しているように。」と思考し、式と近い藤乃に対して同じ存在は2人いらないとして、「自ら境界を引かないのなら、跡形も無く消し去るまでだ」と戦闘に赴く。

→誰かが境界を定めても、他の誰かがその境界を認めなければその境界は無視されてしまう(存在しないも同然)、というのが前半の趣旨。自分の定めた境界を侵されないように、境界を認めない存在に抗うことはできる。藤乃はそもそも自分が守るべき境界を示していないので、抵抗の余地もなくそれを拒絶する式に消されてしまう?という感じか。

チャンネル(一般常識)が違う人の存在を否定するのが社会。そのチャンネルもまた、一種の境界であり、個人の思考によって境界が作られていくし、個人の思考によって境界の存在を否定することもまた、できる。式の境界論は教授のチャンネル論を超えていく。のかな。

 

★問い

・式の殺人

生の実感を得るために行う殺すか殺されるかの殺し合い。持っている記憶に実感が持てない式にとって、殺人が今の自身の身体を以って生の実感を得られる行為だと語る。殺人というより殺し合い。

黒桐が殺人を一般論で否定することを望んだが、そうはならなかった。式が自分の常識が希薄であることを述べると、「じゃあ式の罰は僕が代わりに背負ってやるよ」と。今読み返してびっくりした、こんな台詞吐きましたか、黒桐くんは腹が決まっているんだね。式が何しててもいいと、そういう台詞じゃないか、これは。舐めてた。盲目なのか、悟っているのか、この話で一番すごいのはこの子では?いやすごいよね。

 

・一般常識とそこから外れた人たちの存在、罪と罰

1章の内容を深掘りしていった印象。

一般常識の中で生きていない登場人物が多い。そもそもチャンネルが合わないから理解できない人、一般常識から外れて生きようとしている人、常識外の人を知ってしまった人。各々自覚の有無を問わず、自分の価値観とか信条に則って生きている(下衆モブも含めて)。そしてそれなりの展開に遭って、物を思う。結果を背負わされたり、拾う神が出てきたりして、死ななければその先を生きていくことになる。

藤乃も下衆モブの生き残りも、罪を犯したその先を生きていく。受け止め方もそれぞれで、心にわだかまりが残り続けるとか、罪の意識に苛まれるとか、度合いもそれぞれで。でも罪はその人がその先を生きていく上で切り離せないものになる。その後どう生きるかもその人次第。世の中に裁かれないなら自分で背負うしかない…と。

 

★所感

段々整理整頓ができなくなっていくんだけど、この情報量の多さが魅力的すぎる。普通の言葉で普通じゃない現象とか心象を語っていくのおもしろすぎる。今回の事件はあらすじ述べたくないくらいに下衆だなと思うんだけど、読むのを投げ出したくなるような衝動には駆られない。本題は別にあって、事件は舞台装置に過ぎない、と思える人と思えない人がいるだろうけど。

2章で感じた懸念は空振りに終わりそうだけど、黒桐くんよ君は、すごいやつだな…若いのに…。存在するのは自由で、それを否定して思考停止するのはひどく容易なことだけど、それなりに理解して受け入れ続けるのは容易なことじゃない、と思う。

「痛くないの?」という言葉を欲していない人間に、「痛みは訴えるためにある」といきなり語る。「殺しは悪いことだ」と語って欲しい人間に、「君の罰は僕が背負う」と言ってしまう。

前者は自分の常識を当然のように相手に押し付ける言葉だ。言われた相手がそれを常識としていない場合、不快になるか申し訳なくなるか、頭にくる。

後者は…なんというか、多分言われた方は「なんだこいつ!?」と言った人間を凝視してしまうような、言葉だなと思う。踏み込みすぎてびっくりされるのだ、多分。お人好しが過ぎる性質と繋がるけど、あまりに自分を相手に投げ出している。周囲は好感を抱くが、不安にもなる。自己犠牲野郎かもしれない。エゴのかたまりが本体と化しているというべきか、こいつなんとかしないと…みたいな気分にさせられるな…。この子の軸が見えない気がする。自分自身のことをどう思っているのかが、分からない。君はどういう子なのか。

式はその点、一貫して自分のことを考え続けているので、物語の中で思想信条他者への印象その他諸々見えてくるものも多い。ある意味健全だと思う。状況が極めて不健全だとしても。

おっもしろいんだよなあ。