大自然ブス

ネットの漫画で出てた語彙だが、意味は調べてもよく分からなかった。おそらくブスのくせに何も努力せずそのままの状態で徘徊している生き物を指すのだろう、私のことか。

 

容姿の美醜問題は昔から常々考えさせられるところなので、だらだらと所感を述べてみようと思う。

 

そりゃ美しい方がいい。

醜いものは視界に入れたくもない人もいるだろう。

努力すれば普通になれるのに、それもしない人間は見下されて当然と思う人もいるだろう。

努力してる人間は、努力しない人間に苛立つだろう。

なぜ私は何もしないのか?

膨大な時間をかけて普通になることに意義を見出せないからだ。

普通になったところで普通でしかなく、他のこともそれまでと変わらない努力が必要だ。

美醜で人に不快感を感じる人間とは価値観が合わないので、喜ばせても仕方ないし喜ばせるクオリティには至れないからだ。

容姿をましにしてまで通したい希望や主張があるわけでもない。

これは全部人から見たら言い訳だ。

大自然ブスなんて言葉に引っかかる時点で、気にする私の負けなのだ。全然気にしない人もいるのかもしれない。

人を不快にすることで攻撃されたりするのは腹が立つので、いつそのラインを割ってしまわないかについてはわりと怯えている。

でもいざ絡まれたら、「はい面倒くさいのきたー」としか思わないだろうから…結局大したことない。予感に怯えているだけなのである。平穏な日常なんて、むかつくことにちょっとしたことですぐ破壊されてしまう。こんなしょーもない人間を攻撃してくる方がたいてい病んでるから、気の毒としか思わないけど。

 

こうしてぎりぎり気にしない人の枠に潜り込んで、また努力せずにやり過ごすのである…。

女であるとか男であるとかそんなに重要なことだろうか。人間が持つたくさんの要素の中のひとつに過ぎないのに。でも分かりやすい要素ではある。見たら分かっちゃうんだから。分かりやすい評価軸に人は弱い。というかそれに頼りがち。

 

最後には自分が幸せなら大団円だから、結局周りを見ても誰かが助けてくれるって話でもないんだし、やりたいようにやる覚悟を決めればいいと思う。という気分になってきた。

 

目黒の虐待死事件の母親の手記を本屋で立ち読みしたけど、お母さんは今時の携帯小説で涙しそうなギャル系のちょっとぼんやりした女の子って感じで、父親がちゃんと支えてれば子どもを可愛がるお母さんだったろうなという印象を受けた。そりゃ自分のこと悪し様には書かないだろうから、本当はもっとひどい人なのかもしれないけど。

手記によると、実父からしてひどい。幼子抱えた奥さんダブルワークさせて、自分は家計のこといっこも考えずに遊び呆けてお金を使って、そのくせ奥さんのことは見下して上から文句ばっかり言う。再婚相手(捕まった人)もまた奥さんの意見なんかひとつも聞かずに仕事を勝手にやめさせて、奥さんも子どもも自分の思い通りに動かそうとする。さいってーだ。この事件ってそんなに昔じゃない。実父の話にしてもせいぜい7、8年前か。今でも生息してんだね、こういう生き物。こんなあんぽんたん共の言いなりになってはいけない。

関わったらろくなことにならない相性の人っているよなあ。こいつら(父親ども)も、もっと鼻っぱしらを踏み砕くような嫁さんをもらってたら幸せになれたのかもね。

私も多分鼻っぱしらを踏み砕くタイプには進化できそうもないから、最初から危ない橋は渡らん方がいいよなあと思い始めた。そもそも全く相手にされないか、そういう奴に都合よく使われるのが関の山だわ。あー腹立つ、不幸な話を読んでしまった。

 

自分がいいと思えばそれでいいと思う。