小話(途中!)

人の体温が視える。たったそれだけの取るに足らない特技で職を失う日が来るなんて、思ってもみなかった。

何年も前に飲み会の席で、話題作りに一度披露しただけのしょうもない特技。大して興味もなさそうな同僚の顔まで覚えている。

それが体温測定を義務付けられる世の中が到来したらどうだ?みんなの記憶力が意外と良かったことに驚愕した。あるものは体温測定係に任命しようとして(そんな風紀委員みたいなのはごめんだ)、あるものは怯えた顔をしてもし分かっても言わないでくれよなと言ってきた。しまいには不穏な空気が社内に伝播して、余計な火種は要らないと言わんばかりに僕はクビを言い渡された。

 

「笑えるの。こんなの、なんの役にも立たないのにさあ。」

隠しておけば、職を失わずに済んだのになあ。しても仕方のない後悔をして、ため息をついた。

このご時世、僕にとっては幸か不幸か、職を失う人も多い。僕のしょうもない理由も、無数の求職者に紛れてしまうだろう。

せめてもの温情として勝ち取った会社都合の退職のおかげで、失業手当はすぐに出る。

「ちょっと、息抜きしようかね…」

僕は横切る人たちの体温を眺めながら、街の一角に足を向けた。

 

24時間営業の書店、と言われたら人は、ちょっとアダルティな商品を扱うショーウインドウをチラシで目張りしたようなお店を思い浮かべるだろうか。あれはあれで中身が見えないということで、見えないものへの興味で胸膨らむものがあるけれども。

僕の知っている24時間書店は、古いビルの地下に降りたところにある。一見してバーと見間違うような、内開きの扉を開けると、廊下を埋め尽くす本、本、本。古い紙の香りが鼻腔をくすぐった。

「おやじさん、久しぶり」

「あれ、珍しい時間に来たね。どうした、ついにクビでも飛んだか?」

「うんそう」

さらっと答えると、冗談のつもりで言った人のいい店主は目を白黒させて絶句している。それでもすぐに立て直して、何か飲むかと聞いてきた。

「コーヒー。牛乳多めで」

「はいはい」

ブックカフェ…というには人間の居場所が少ない店だけれど、本に埋まるように配置された椅子に腰かけると落ち着く。

「ブランデー入れといた」

「寝ちゃうんだけど」

「どうせしばらくいる気なんだろ」

「まあそうね…」

コーヒーと一緒になにやら可愛らしい絵本といかつい文庫本を手渡される。今日の店主のおすすめらしい。

「ま、ごゆっくり」

「ありがとー」

寝ようが読もうが飲もうが放って置いてくれるこの店は居心地が良すぎて、常連が多い。静かだから気付かないけど、そこかしこに人がうまっていたりする。