月の珊瑚 満月朗読館 ※内容に触れます

朗読のライブって観たことなかったんだけど、先日オンラインで初めて観てみた。

また「満月朗読館」ってネーミングが洒落てて書店の亡霊心をくすぐる感じだよなあ。(注:なんか読書好きだとおこがましいしイベント好きは趣旨と違うし、書店の亡霊ということで)

栗山千明新月朗読館というホラーバージョンもあったらしい。素敵な出版社である。

非常にいいものだった。坂本真綾さんが読んでるところが映像で流れて、今回に関してはufotableさんの映像も流れ。CDで耳だけで聞くのもよかったし、視覚的刺激があるのもまた違う味わいがあってよかった。朗読劇も楽しい。

 

さて、月の珊瑚。

まずこれだけ美しいものを並べ連ねた作品があるということ。とにかく美しい。

滅びていく人類と文明、ありもしない幻の生き物、珪素でできた珊瑚のような無垢な循環装置、月にやってきた人間嫌い。恋と別離。出会いと約束。そして遠い日の物語のかたわれ。

ただでさえこの人が描くと綺麗になってしまうのに、もともと綺麗なものが詰め込まれたこの作品は値千金の宝石みたいなことになっている。なんてこと。

空の境界の魅力もその描写の美しさにあると思うんだけれども(だって章によっては相当重くて生々しいテーマを扱いながら、汚いとか気持ち悪いとか思わせないってすごい)。この人はこういう作家なのか。という気づきです。幻想小説なのかな。リアルな描写が売りの作家も多いけど、生々しいことも寓話に仕立ててしまう力量素敵だと思う。リアルなんて普段腐るほど遭遇してるんだから、いらなーいと私は思うけど、世の中は存外グロテスクとかリアルとかが好きだよなあ。みんな修行僧なのかな。

けっこう好みどんぴしゃりな作品だったんですが、奈須きのこさんいいですね。好きですね。

 

あとはまた、テーマとか舞台設定の話。

頽廃した理由が、熱を失くしたっていうのが今日日非常にリアルだなと。われわれはもう、どうでもよくなった。って今の話かな、みたいな。

かつて祖父母父母から聞いていたような社会ってもう無くなってるんですよね。入社するまで会社は早朝から夜中まで(あるいは夜明けまで)猛烈に働くところだと思ってたのに、入社したら残業すんなって言われるんだよ。残業代払いたくない、お金出せないから猛烈に働いてもらえない、ってそしたらもう衰退していくんだよなあ。みんなそこそこでいいやってなるし、働いても給料増えないしって諦めちゃうし。お金がないがために繁殖は控えられるし。こうして熱が失われていく社会を現在目撃している。

月の珊瑚が出版された10年前といえば、3.11であり、その時点でこの物語が描かれて、10年を経てますます現実味を帯びている。アフタートークでも言ってたけど、奈須さんがどこまで見えていたのか怖くなるって本当にねえ。

ここまでが舞台設定、頽廃の話。

 

この頽廃を舞台にしながら、物語は未来の約束で結ばれる。

少女が新しい解釈の物語を編み、ブリキの男は月の魚を持ってくるという。1000年、数世代にわたって語られてきた月の物語と、そのかたわれを持って月からやってきた来訪者。

その物語は、音声を聞き取ることができない人間と、文字の読み書きができない珪素の人形、意思の疎通すらままならない二人の話。人間は人形の言っていることが分からないが、言葉を発することができる。人形はそれを聞き届けるが、人間に何も伝えることができない。人間の一方的な決断で二人は別離を迎えるが、人形は地球で炭素生物になってからも人間を思い続けた。

ブリキの男は月にひとり残った人間が形態を変え続けた成れの果ての姿だと思っているんだけど、どうなんだろうか。会いにくるのに千年かかった、もしくは、千年経っても会いに来たくなった何かがある。最初の物語はもうブリキの男の記憶には無いんだろうけれど。この辺りは漫画に描写があるんだろうか。

極個人的な約束が、今をたゆたって生きているだけの当人たちの目を未来に向ける。約束というものの効能は、そう考えると侮れない。果たされれば嬉しいし、果たされなければ悲しい。果たされるかどうか分からない間は、希望がある。約束ひとつの中に新しい物語が生まれてくる。

 

本当に徹頭徹尾美しいお話。奈須きのこさんいいなあ。