小話

腹に何かが入っていますね、と検査を指示したきり、その医者はなにも言わなかった。

そのどことなく沈痛な面持ちが気にかかったけれど、看護師に促されるまま検査場に向かった。元々そういう顔の人もいるし、世の中みんな愛想が良いのも気持ちが悪い。

筒状の検査機器の中は、目を開けているとひどい圧迫感があるが閉じてしまえばそうでもなく、大きな機械音をごまかそうと流れてくる明るいクラシックが、その機械音に轟々とかき消されるのを聞いていると笑ってしまいそうになり、動かないでと叱られる。

結果は2週間後だと言われ、高い検査代を払って病院を出た。

 

え、仕事休んで病院来たのに、情報少なくない?

病院を出てからようやくその事実に思い至り、焦りはじめる。だって腹に何か入っていることしか分かってない。なに?何かって。

検索かけたらカンガルーとか出てくるよ。ワードが漠然としすぎなの。これで2週間待つの?ええ…。

それでも諦めずに検索したら、クリーンヒットなページが見つかった。『腹に何かが入っていた話』。これだ。昔ながらの手作りホームページが現れ、テキストが示される。

 

2月5日

4ヶ月来の地味な腹痛で、こんな冬風邪の流行る時期に嫌だなあと思いながら、病院にかかった。自分でも何の腹痛か分からなかったし、病院で受付のお姉さんに首を傾げられたときは心の底からやっぱいいですと言って帰りたいと思った。

医者も自分も首を傾げながら診察が始まって、手がかりなしで終わるかと思ったら「腹に何かが入っています」と告げられた。何が入っているんですかと聞いたけど、検査しないと分かりませんと言われた。それもそうか。

 

2月20日

検査結果を聞きにいったけど、なんなんだあれは。医者は、腹に何が入っているかは言えないの一点張りだった。じゃあ摘出してくださいと迫ったら、できないと。ふざけてる。人の体をなんだと思っているんだ。自然に治るのか聞いたら、ケースバイケースだと。次回の来院の予約だけは1ヶ月後にきっちり取らされた。なんなんだ。

 

3月20日

相変わらず地味な腹痛は続いている。病院でまた検査機器に放り込まれた。何も治療はしないくせにと拒否したら、検査代は病院が持つという。何か変じゃないのか。腹に何があるというんだ。

 

3月24日

治療はなされない、検査だけされる腹の中の何かってなんなのか。気分の問題かもしれないけど腹痛が微妙に悪化している気がする。別の病院にかかろうと思う。

 

3月25日

なんなんだ。今日行った病院でも判を押したように同じことしか言わない。もうかかっている病院があると言えば、そこの指示に従えと。ふざけてる。先生はすまなそうな顔をしていたけど、そんな顔されたって納得はいかない。

 

4月5日

初診から2ヶ月経過。ふと鏡を見たら、腹が出ている。太ったのかと思ったけど、体重は増えていない。まるで何か入っているみたいだ…いや入ってるんだった。

 

4月20日

4度目の受診になる。相変わらず数種類の検査をして、医者も腹が出ているのを確認している。確認したのに特に何も言わずに、次の受診日だけ指定される。今まで怖くて聞けなかったことを聞いた。死ぬ可能性はあるのかと。医者は疲れた顔をして、分からないんですと言った。かわいそうなのはこっちのはずなのに、この医者を見てると強く出る気にはなれない。医者は何かあればすぐ来てくださいと言ってきた。何かあればってそのセリフが怖いよ。何があるんだよ。

 

4月28日

有給をやたら取るから、同僚に不審がられてる。でも自分でも何も分からないから説明できない。腹はまた少し膨れてきた気がする。何が入っているんだ。気色悪い。

 

不定期に続けられた更新はここで止まっている。日付は10年前を指していて、その結末は不明。このホームページの更新自体がその後無い。

「…読むんじゃなかった…」

ホームページ丸ごと仕掛けになっている、凝ったホラー小説という可能性も捨てきれない。いやそれより、展開が思いつかなくて飽きてしまった可能性の方があり得る。そもそも腹の中からエイリアンとか、ホラーの常套ネタだし。

そうだ、これは日記なんかじゃないはずだ。

腹の中に何かが入っているという診断を受けた人は思いの外少ないらしく、休日にインターネットを1日中巡っても全然情報が拾えなかった。

 

2週間が経過して、病院へ足を運んだ。

「腹には何が入っていたんですか」

「申し訳ありません。お伝えできません。」