小話

収穫の時期を外して腹が膨らめば、臨時に品評会にかけられる。

捌くのか、機が熟すのを待つのか。

今回はたぶん捌かれるのだろう、だっていくら時期ではないとはいえ、ここまで膨れてしまったならば。

問題はその中身なのだ。捌くにしても、食えるのか食えないのか。これが品評会の最大の関心事となる。

食えるならば捌いて取り出して、食えないならば捌いたのちに本体ごと漂白されてしまう。本体の生死など品評会には関係ない。食えない、それが全てなのだ。

明日は品評会。品評されるのはこの私。

さながら身に覚えのない罪の判決を待つ無辜の民のように、気分だけが重苦しい。

食えるか食えないか、それだけで私の周囲まで一変しかねない。なんて乱暴な物差しだろう。日々ささやかに守ってきたものまで無にかえすような。

あとは今日この夜だけが自由だ。何もない夜の空気は今夜が最後になるかもしれない。

食えるものであればいいけれど、食えないことも当然のようにありえて、いつだって誰かが貧乏くじをひく。それが明日の私であってもちっともおかしくはない。

夏をはらみ始めた夜に無言を投げかけても、返事はない。窓の外から聞こえる蛙の声だけは、きっと明日も聞くことができるだろう。