小話(即席シェルターの風景)

「お休みのところごめんなさいね。今回の『現象』発生は把握してますね。あなたにやってもらいたい仕事があるんです。」

上司の通達に、無意識のうちに背筋が伸びる。

「お疲れさまです、今すぐですか、すぐに出られますが」

「いえ明朝です。朝5時から指定のシェルターで勤務してください」

「承知しました。お疲れさまです。」

 

ピロンピロンピロン!

ピロンピロンピロン!

 

23時に電話が鳴って飛び起きる。

「はい!」

「あー、お疲れさまです。今どちらに?」

「明朝から勤務と聞いているので、待機中です」

「え…あ、そか、ごめんなさい。では明朝のお仕事、よろしくお願いしますね。」

「はい、遅くまでお疲れさまです」

「こちらこそ、失礼いたします」

 

ピロンピロンピロン!

ピロンピロンピロン!

「でんわぁ」

「ええ!?」

寝床を離れている間にまた電話が鳴った。慌ててかけ直すと、間違い電話だったらしい。本部は混乱しているようだ。

 

ピーッ、ピーッ、ピーッ

 

明朝3時半、直前まで家から自転車で10分のところに青森と北海道の海峡があって、そこでスープカレーを買ってこようとしている夢を見ていた。いい夢だった。こんなところで起こされるなんて。

それはそれとして仕事だ。

昨日からの雨で街はどんなことになっているかと思いきや、静まり返っていた。夜通し勤務であろう、交通誘導する同僚を数名見かけて、頭を下げる。見えているかどうかはわからないが、こちらもよく見えていないのでお互い様だ。

「お疲れさまです。到着しました。」

「あれ、早かったね。」

「夜通し勤務でしたか?」

「うんそう。あ、来た来た。」

「お疲れさまです」

よく知っている先輩が来た。天の采配が贔屓した。

「よしじゃあ引き継ぎをしよう」

引き継いだ現場には数人の街の人が身を寄せている。まだ外は暗いけれど、挨拶に顔を出すとほぼ全員が起きていた。

「よろしくお願いします」

「お疲れさまですね」

『現象』からの一時的な避難のためのシェルターの管理が、今日の私たちの仕事だ。あくまで一時的なものなので、原因となる『現象』が収束したら解散となる。だからここに身を寄せている人たちは、危機が去るのをじっと待っている…いやそうでもない。

 

「たーだいまー」

「お疲れさまです。」

「今家見てきたんだけどさ、まだ暴れてるわー、壊されないといいんだけどなー」

「み、見てきたんですか…」

「おうよ。まあこの調子じゃ、今晩も世話になるかもな」

「もちろん危険があれば。気をつけてくださいね」

 

「…先輩。見に行ったって…」

「うん危ないね。まあでも道路にも監視の人がいるはずだし、本当に危なかったら止めてくれると思うよ…」

「…そうですね」

 

「ちょっと買い物行ってくるわ。あなたたち何か要るものあれば一緒に買ってくるわよ」

「えっ…と、大丈夫です」

「あらそう?お金はきっちりもらうから遠慮しなくたっていいのよ」

「いやお気持ちだけで」

「そう?じゃあ行ってくるからね」

「お気をつけて」

 

本部から避難者への配給は今回予定されていないようで、避難者たちは自力で食料の調達に奔走している。

 

「あ、蛙」

「え、蛙?」

小さな蛙が玄関から盛大にジャンプしてシェルターに侵入してきた。

「え、先輩、出てってもらいますか?」

「うーん、そうねえ。そっち行ったら干からびるぞー」

蛙はなぜかどんどん避難者の部屋に近づいていき、ついに突入したので捕獲作戦が始まった。

「外に出ようねー」

「こっちにおいでー」

「あっ逃げないでー」

蛙の鼻先にキッチンペーパーを構えて、載った瞬間にくるりと包む。

「やった捕まえた!」

「お騒がせしました」

いつの間にか避難者の人たちもそっちに行ったあっちにいるとひと騒ぎ。

シェルターの外で蛙を放つ。ペーパーの中で少しぐったりしてみえたので不安を覚えたものの、自分の足で地面に降り、しばらくしてから大きくひとはねして消えた。

振り向くと先輩は、避難してきたワンコと戯れている。ああいったコミュニケーションが大切なのは重々理解しているが、どうにも自分がやると不自然に思えてうまくいかない。

 

カウンターに戻る。雨は降り続いている。

雨が降り続けば、今回の『現象』は暴れ続ける。

あーてるてる坊主作りたいな、しかもたくさん。

迷信だと分かってはいても、ほかにすることもなければ、てるてる坊主にでも縋ろうかという気になる。

かといってシェルターの貴重な物資を使い込むわけにはいかない。

ふと視線を落とした。持参した飴玉の個袋が置いてあった。

 

飴玉を食べながら、飴玉の袋に他の飴玉の袋を詰めて、折り畳んでひねって、飴玉の袋から紐上に切り取ったパーツを首に巻きつける。

一応、てるてる坊主だろうか。

先ほど食べたコンビニおにぎりの袋も使ってみる。

いいサイズ感、リボン結びもできた。

「先輩、これなんに見えます?」

「んー、アヒルかペンギン?」

「それは私の想定よりも上等ですね…」

「え、なんなの」

「てるてる坊主です」

「えー、てるてる坊主には見えないなあ」

「んん、何かしらのてるてる要素が足りないんですね…」

 

延々と続くかに思われた雨は、小雨になり、やがて止んだ。

『現象』は収束し、避難者にも続々と迎えがくる。

「お世話になりました」

「お疲れさまです。お気をつけて。」

お昼のサイレンを聞いて全員を送り出す頃には、晴れ間が見えていた。

「終わったね」

「終わりましたね」

避難者がいなくなれば、シェルターは解散となる。

「じゃあまた、現場で」

「はい!お疲れさまでした」

セミがうるさい。今日は久しぶりに暑くなりそうだ。